11月5日(日)、第9回京都ヒストリカ国際映画祭最終日。京都文化博物館にて『キンチェム 奇跡の競走馬』が上映されました。ハンガリー映画というと最近では『サウルの息子』『リザとキツネと恋する死者たち』『ニーチェの馬』などが日本でも人気を集めましたが、ハンガリー史上最大規模で製作された今作は、過去10年で最高のヒットを記録したエンターテインメント大作です。

 上映終了後、ガーボル・ヘレンド監督を迎え、トークショーが行われました。聞き手は、ヒストリカ・ナビゲーターの飯星景子さんです。



飯星:ハンガリーの映画事情を教えてください。

監督:ハンガリーには、政府が映画製作の助成金を出してくれる新しい制度があります。ハンガリー国立映画基金はイギリスの宝くじ基金同様、宝くじの収益金を芸術文化に生かすものです。脚本を書いてハンガリー国立映画基金に送り、認めてもらえると助成金が出ます。『キンチェム 奇跡の競走馬』は今から7年前に脚本を送りました。

飯星:ほぼ100%、助成金で製作されたのですか?

監督:ほとんど100%といえますが、システム自体は複雑で、税金の戻りである予算の25%は控除されるため、残り75%が国立映画基金ということになります。民間のお金を遣うことはありますが、ハンガリーは小さな国なので公共の映画収益だけでは製作費には足りません。国立映画基金は2~3年前に新しい形になりました。1956年のハンガリー動乱でアメリカに逃亡していた人が、有名なプロデューサーになって帰国し、この映画基金を立ち上げました。脚本を書いて送り、認められた脚本を1~2年かけて国立映画基金と共にいいものにして、助成金をもらって映画撮影となります。

飯星:本作は、映画製作費がハンガリー史上一番かかっていると聞きました。

監督:その通りです。国立映画基金が脚本をとても気に入ってくれました。実話に基づいていますが、ラブストーリーなどはフィクションです。実在した19世紀の競走馬キンチェム、54戦54勝と負けたことがないというのは、ハンガリー人にとって誇り。ところが調べてみると若者はもう知りません。この重要な名前を思い出して欲しかったんです。

飯星:監督にとって、初めての歴史映画はいかがでしたか。

監督:初めての歴史映画には、たくさんの大きな挑戦がありました。馬が登場する映画ですが、「あなたは1位、2位、3位で帰って来てくれ」と馬と話すわけにはいきませんから(笑)、競馬のシーンはいっぱい撮って編集して組み合わせるしかありません。キンチェムが必ず勝たなければならないのに、キンチェムより先に帰って来る馬もいましたね。(笑)



飯星:キンチェムを演じている馬は1頭ですか。

監督:6頭です。たとえば、1頭は火事のシーンが撮れるよう火に慣れさせたり、1頭は地面にしゃがんだり立ったりするシーンに適している馬にするなど、シーンに合わせて登場させています。でも似た馬を探すのは難しく、キンチェムは額に白い毛が生えているので額を白く塗った馬もいます。(笑) 馬にはメイク担当などいませんし、簡単なことではありませんでしたが、苦労しながらやりました。

飯星:キンチェムと仲良しの猫、シュルツ。映画の中で「変な名前」と言われるのが、私たちにはピンと来なかったのですが。

監督:これはオーストリアの歴史的な背景があってこそのおもしろさですね。「シュルツ」とはドイツ語圏でよくある名前です。オーストリア=ハンガリー帝国の歴史において、ハンガリーはオーストリアから独立したい国でした。猫にわざわざドイツ風の名前をつけているのが、ハンガリー人からするとおかしいのです。キンチェムは実話を基にしていますから、馬の所有者もイギリス人の調教師も騎手も実在の人物の名前をつけていますが、猫だけは名前が判明しませんでした。でもキンチェムが猫と仲良しだったのは本当の話で、キンチェムはあの猫がいないとレースに出走しませんでした。

飯星:冒頭で、オペラハウスで主人公エルネー(エルネスト)が綺麗な女の人を口説きますが、オペラの演目には二重の意味がありますか。

監督:オペラの内容とシーンには関連はありませんが、登場人物たちがついステージの方に振り返ってしまうくらい、ソプラノの高い声が続くことから『リゴレット』を引用しています。

飯星:エルネーのお父さんを裏切って殺した敵、オッティンゲン。何度か彼が髪をなで付けるシーンが印象的でした。そのキャラクターが意図する仕草は。

監督:オッティンゲンのラストシーンを特別なものにするために、髪をなでつける、髭を整えるといった仕草を演出しました。彼は見栄え、外見を気にする人で、娘のクララに大切な話をする時でさえ鏡の中の自分を気にかける中身のないような人だということを表現しています。

飯星:この映画のいいところのひとつが、編集です。これだけの壮大な物語をたった2時間でまとめる手腕は素晴らしい。編集は監督も参加しているんですか。ハリウッドのように専任者に任せているのでしょうか。

監督:編集には半年かけました。特に競馬のシーンが難しかったです。編集者は長年同じ方にお願いしています。貴重な人です。4~6バージョン作ってもらって、彼と話し合って一番いいバージョンを選びます。今の若者はハリウッド映画のスピーディーな展開を好みますが、若い人に歴史映画に触れてほしかったので、早いテンポ、長すぎない尺を心がけ、ハリウッドと同じペースの映画を作ろうとしました。

飯星:監督のその気持ちは、モダンなダンスや、私も初めて見たのですが革製のトップハット、革製のジャケットというファッションなどに表れていますね。



監督:この映画の第一の目的は、若い人に向けた歴史映画で、キンチェムを若い人に知ってもらい、人気につなげることです。舞踏会でのダンスシーンでスチームパンク風の衣装を採用しましたが、そもそもスチームパンクは19世紀当時のヴィクトリア朝ファッションに影響されているので、全く史実と掛け離れている訳でもないのです。ただ衣装に使った素材はレザー、メタリックなどを使用し、若い人に気に入ってもらえるファッションスタイルにしました。振付もクラシカルなものにヒップホップダンスを取り入れています。それから、キンチェムが初優勝したベルリンのパーティーで、昔のカメラではありますが、セルフィー、自撮りしているシーンなども入れて、若い人に共感してもらえる作品を心がけています。

飯星:登場人物たちが魅力的です。主人公のエルネーを演じた俳優について教えてください。

監督:キャスティングはとても難航しました。主人公エルネーは本当にマッチョな人に演じて欲しくて、40人以上の俳優に会いました。最終的に選んだアービン・ナギーは有名でしたがそれほど人気がある訳ではなく、彼に決定したとき私は周囲からたくさん批判を受けました。でも、彼で良かった。実は、決定当時の彼はもっと太っていたんです。契約書に、12kg体重を減らすことを約束させて、実際12kg減量して撮影に臨みました。今はまた太ってしまったんですが。(笑)

飯星:ヒロインのクララ、クール・ビューティでしたが、ベテランの女優さんだったんですか。

監督:クララを演じたアンドレア・ペトリックもさほど有名な女優ではありませんでした。一度映画で見たことはありましたし、仕事をしたこともありましたが。クララは強い女性であり「女性と男性は同等」であることを表現するキャラクターです。いい教育を受け、頭も良く、主人公エルネーと対等に渡り合える女性でなければなりません。彼女は独特の声を持っていますし、感情の出し方もいい。

飯星:クララが幼い頃の怪我で、足が不自由になっていることが意図することを教えてください。

監督:キャラクターの強い女性を描きたかったので、幼い頃の事故で怪我をしたという設定にして、優秀だけど問題を抱えている女性にしました。キンチェムは全てのレースに勝つ牝馬ですが、やはり脚の怪我が試練となります。私が一番伝えたかったのは、たとえ問題があっても乗り越えることで、誰でも素晴らしい人生を送ることができるということです。

■会場からの質問

会場:舞台となる場所はセットを作ったんですか。

監督:ハンガリーには19世紀に建てられた城が現存するので、撮影に使った城は本物です。燃えているシーンは小さい模型を作りCGIを使いました。競馬場や観覧席は実在しないので、1/6サイズで作ってCGIで実際の規模に見せています。また、ブダペストにある19世紀に建てられたビルでの撮影は、人や車をCGIで処理しています。



 ハンガリーの奇跡と呼ばれた競走馬キンチェムの最強伝説に、1840年代オーストリア=ハンガリー帝国の歴史を背景にした復讐劇と『ロミオ&ジュリエット』さながらの恋愛模様を絡め、全く飽きさせない120分! 映画と同様に「若い人に見て欲しい歴史映画」を志したガーボル・ヘレンド監督の意気込みがほとばしるトークショーでした。舞踏会でのダンスシーンの斬新さには、ハンガリーっ子もハートを撃ち抜かれたのでは。疾走するキンチェムの美しさや、キンチェムがメロメロになるブチ猫とのふれあいなど、動物好きにも見所満載です。(山本 純江)