10月31日(火)、京都文化博物館にて、第9回京都ヒストリカ国際映画祭で米国作『レフティ・ブラウンのバラード』が上映されました。映画の舞台は1889年、アメリカ西部開拓時代の終わり頃。主人公のレフティ・ブラウンは愚鈍で風変りな男として扱われていました。相棒であるエディーが撃たれた事で、復讐の旅に出ます。

 上映終了後、ジャレッド・モシェ監督を迎え、トークショーが行われました。聞き手は、映画評論家のミルクマン斉藤氏です。

斉藤: とても美しい映画で感服しました。一時期に比べれば数も増加しているとはいえ、1970年代以前のように隆盛を誇っているわけではない西部劇というジャンルですが、監督は一作目も『DEAD MAN’S BURDEN』(’12)という西部劇だとか。まだお若いように見えるのですが。

監督:38歳です。父がよく西部劇のビデオをレンタルしてきて、私も見てはいましたが、子供の時は面白いと思わなかった。でも大学に入って映画を学びはじめてからこのジャンルに興味を持つようになり、サム・ペキンパーの『ワイルドバンチ』(’69)等を見て、魅力を感じるようになりました。

斉藤:なるほど。でも実作でも西部劇にこだわる理由は何でしょう?

監督:西部劇というのはもっと人気が出て良いジャンルだと思います。歴史と神話、伝説がまじりあう面白さがあると考えています。アメリカ人の持っているアイデンティティ、また世界がアメリカを見るイメージにも深く関わっています。

斉藤:このヒストリカ映画祭で多く上映している日本の時代劇も、予算の都合もあるかと思いますが、かつての隆盛は見られません。しかし、史実を扱おうと、フィクションであろうと、自国の歴史を現代の眼で再検証するのに最適なジャンルだと思います。

監督:その通りです。歴史というのは現在を知るのに重要なものだと思います。過去を見て、そして現在を知る。現在について直接的に語るよりも、歴史を通して語ることによって、より直接的に訴えてくるものがあると思います。歴史にかかわる映画ももっと作って欲しいし、侍の映画も西部劇も、もっと普及してほしいと思います。

斉藤:ところでこの映画には過去の西部劇の記憶が一杯詰まっている気がします。
例えばタイトルからして、サム・ペキンパーの『砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード』(’70)をダイレクトに連想させますね(笑)。

監督:素晴らしい映画ですが、あまり見ている人はいないかもしれませんね。

斉藤:ペキンパーの西部劇のなかでは『ワイルドバンチ』とかに比べるとそうでしょうね。でも日本では、その名を使った映画配給会社もあったくらいで一部に熱狂的なファンがいる映画です。

監督:それは素晴らしい。アメリカでは知っている人はあまりいません。ペキンパー監督の個人的な想いが詰まっているし、抒情的な部分も沢山あって、もっと見て欲しいですね。

斉藤:西部の時代の終わりを描いているあたり、この映画と共通点がありますね。

監督:『レフティ・ブラウンのバラード』も、『砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード』も、フロンティアたちの時代に対するバラードだと言えます。この映画の中では、レフティ・ブラウンが信じていたものが裏切られ、新しい世界へ変革しないといけないという親友の真の姿をつきつけられて、心の中から新しい自分に変わらないといけないという局面に至ります。西部劇というのはアメリカの創成期という素晴らしい話を語ってきましたが、時代が進むとともに「こんな暴力的でひどい時代があったんだ」という風に見直された時代がありました。しかしそうした作品の中のいくつかは、そんな時代の物語にも語り継がれるべき価値があるということを言いたかったのです。

斉藤:時代の転変についていけず乗り遅れ見捨てられた人間が、より利己的なかたちに暴力の形を変えた新しい時代に反旗を翻すという映画では、ジョン・ヒューストンの『ロイ・ビーン』(’72)がありました。ポール・ニューマンが伝説の首吊り判事をやった映画ですね。

監督:そうですね。『ロイ・ビ-ン』とも共通点があります。時代は未来に向かってどんどん進んでいき、周りの物事は変化していくけれど、暴力というものは時代が変わっても別の形で生まれていってしまう。

斉藤:西部劇は確かに拳銃の世界ですが、西部を生きていた開拓者たちの拠りどころでもあって、例えばジョン・フォードに『リバティ・バランスを射った男』(’62)という映画がありますね。かつてならず者を撃ち殺したことを称賛されて上院議員にまで出世した男が、その真相を回想する、というかたちを取った、まさに歴史と伝説と暴力についての映画です。

監督:この映画にも悪役と受け取られるキャラクターが出てきますが、彼にしたって西部を新しい時代に発展させようと頑張っているだけなんです。一面的な悪役にするつもりは最初からありませんでした。

斉藤:その事件にも大きく関わる、映画の中核的な位置になんとピーター・フォンダがキャスティングされているのが嬉しいですね。もちろん西部劇のレジェンドのひとり、ヘンリー・フォンダの息子さんですし、監督としても『さすらいのカウボーイ』(’71)という歴史的作品を撮っています。

監督:とにかくピーター・フォンダはピーター・フォンダです。伝説的人物ですし、古典的な西部劇を象徴する人です。



斉藤:監督は日本でも上映された『コーマン帝国』(’11)というドキュメンタリ映画のエグゼクティヴ・プロデューサーとして名を連ねておられますね。ロジャー・コーマンの映画でも、ピーター・フォンダは欠かせない役者の一人ですし、もちろん『イージー・ライダー』(’69)の共作者・出演者として、古い時代と70年代以降の世界を繋ぐ役割を果たした人です。

監督:『コーマン帝国』は自ら監督として映画を作ろうという気持ちを強くさせたきっかけになった作品です。ロジャー・コーマン作品のピーター・フォンダは本当に素晴らしく、彼も多くを学んだと思います。ヘンリー・フォンダの息子であるということ、ロジャー・コーマンの作品で学んだこと、この二つをもって今日のピーター・フォンダがあると思います。

斉藤:主人公のレフティ・ブラウンを演じたビル・プルマンも、おそらく今までこんな役を演ったことはないでしょうね。一般には『インデペンデンス・ディ』(’96)の大統領役、個人的にはデイヴィッド・リンチの『ロスト・ハイウェイ』(’97)が印象的な俳優ですが、ここでは仲間からも明らかに愚鈍だと思われ、常に上から目線で見られている。

監督:ハワード・ホークスの『リオ・ブラボー』(’59)のウォルター・ブレナンに興味があったんです。いつも皆から笑われ、からかわれているような人物だけど、本当はとても慕われていて、頼りになる活躍もするという。

斉藤:あはは、僕もウォルター・ブレナンの面影があるキャラクターだな、と思って観ていたんですよ。それに『リオ・ブラボー』の有名な、ディーン・マーティンの痰壺シーンの再現まで出てきてちょっと拍手したくなりました(笑)。トム(トミー・フラナガン)の妻がブラックフット族に攫われた、という過去もジョン・フォードの『捜索者』(’56)を思わせたり。

監督:西部劇ファンの皆さんにウィンクをして、見ている人がにっこりしてもらえたら嬉しいし(笑)、レガシーによって深みを持たせたいと思ったんです。それで古典的な映画のオマージュをあちこちに散りばめました。



斉藤:この作品でなんといっても素晴らしいのは、撮影の美しさです。特に自然、光ですね。日没の後の薄明の光、いわゆるマジック・アワーを狙って撮られたシーンもありますし、ジョン・フォード的な広大な空を背景に人物がシルエットで歩いて行ったりするシーンも痺れます。デジタルではなく、35mmフィルム撮りですよね?

監督:はい、そうです。主人公の心情に合わせて、景観が変わるということを計算して秋のモンタナで撮影しました。光線の加減も計算して、かなり綿密に撮影計画を立てましたね。ただもっと時間は欲しかったですが。西部劇というジャンルでは、地平線が重要です。広大な自然の中では、どんなに個性が強くて存在感のある人物も小さいものに過ぎない、というテーマがあります。

斉藤:撮影監督のデイヴィッド・マクファーランドはいいキャメラマンですね。

監督:とても才能のある人です。目がいいし、脚本をよく読んで理解して、人物像をうまく醸し出せる人だと思いました。

斉藤:映画だけでなく音楽やITなどさまざまなジャンルで注目されているフェスティヴァル「SXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)」への出品を選んだのはなぜですか。

監督:この映画は昨年10月、映画祭の2日前に仕上がりました。映画祭はテキサス州で行われるので、テキサスといえばカウボーイ、ということで相応しいと思いました。

斉藤:大評判だったそうで。

監督:チケットが売り切れて、追加上映をしました。プレスでも好意的な反応でした。

斉藤:そして、テキサスよりもっと西の京都でもこうして上映されましたしね(笑)。次の作品の構想はありますか。

監督:現代のSFにしようと思います。西部劇もまた作りたいと思っていますが、それはしばらくしてからですね。

 撮影は実在する街で行われたため、封鎖することは出来ず、観光客にも見られながらの撮影だったようです。ジャレッド・モシェ監督は黒沢映画のファンで、二歳の息子さんには宮崎アニメを見せたいそうです。次回作も楽しみですね。(広富ひとみ)