10月29日、京都文化博物館において映画『リュミエール!』上映後、本作監督でありカンヌ国際映画祭総代表でもあるティエリー・フレモーさんによるトークショーが行われました。
聞き手は、京都文化博物館の森脇清隆さんです。
『リュミエール!』は、120年前(明治28年頃)にリュミエール兄弟が製作した1,422本の作品の中から、108本を選んで90分にまとめた映画です。日本も登場します。

森脇:フレモーさんは、カンヌ国際映画祭の総代表であり、リュミエール映画研究所の所長でもあります。『リュミエール!』を作ろうと思った動機はなんですか?

フレモー:一番は、デジタルで復元できる技術ができたことですね。それと、作品を世に残さなければという使命感です。
『リュミエール!』の中には、日本を撮影したものは1本だけしか出てきませんが、実際には30本あります。
私の作品というより、世界中の人のための映画だと思います。
一作品50秒しかなく、120年前のサイズ、状態のままでは上映できず、様々な調整をしました。
そして、ナレーションで当時の出来事を解説しています。
音楽は、19世紀のフランス人作曲家サン・サーンスの曲を使用しています。

森脇:構成には時間がかかりましたか?

フレモー:それほどかかりませんでした。よく、映画にコメントをつける仕事をしていましたので。
ただ、歴史の知識をひけらかしたくはないので、会話するようにナレーションをつけました。
ご家庭でブルーレイ・ディスク等で観る時は、無音で見ていただいても良いと思います。しかし、一回目だけは、ナレーション無しでは当時のことが分からないので、聞いていただきたいですが。

森脇:古いフィルムを解説入りで見ると、どうしても説教臭くなってしまいます。工夫されたことはありますか?



フレモー:書き言葉ではなく、話し言葉で語るということを意識しました。
リュミエールは映画の発明者でしたが、長いこと忘れられていました。
もう一度、大勢の人に、リュミエールの映画を映画館で見ていただきたいという思いを込めて、制作しています。
日本映画が、溝口健二、小津安二郎、黒澤明監督を抜きにしては語れないのと同じで、リュミエール抜きで映画は語れません。

森脇:学生に見せたら、良い教材になるかもしれません。

フレモー:無垢な心で作られた、シンプルな作品を見るのは良いことですね。
今は、映像加工技術が進んでいて、どこまでが現実なのか分かりませんから。

森脇:「無垢な心で作られた」という部分、今、最先端のメディア、表現手段であるVR(バーチャルリアリティ)などを作ってる人にも、是非見てもらいたいです。

フレモー:私が、映画制作で大事だと考えるポイントは3つです。
ストーリーは何か、それをどう見せるのか、カメラはどこに置くのか。
映画黎明期のフランスといえば、メリエスもいますね。
リュミエールVSメリエス、ノンフィクションVSフィクションという捉え方をする人がいますが、私はそうは思わないです。リュミエールの映像の中には、メリエスとは違った形で、既に、多くの映画劇の表現が駆使されています。

森脇:会場の方、質問や感想はありますか?

質問者:私はカメラマンです。
冒頭、ストップモーションで一コマ一コマ動く場面など、導入にワクワクしました。
監督の丁寧な作り方が素晴らしいです。映画は光、ということが伝わりました。



フレモー:リュミエールは光とも訳せますね。
リュミエール作品を最初に見たときの印象を伝えたかったので、伝わったなら嬉しいです。

質問者2:コメディ、労働者などというテーマに分かれて構成されていましたが、別のテーマも候補として考えましたか? 例えば年代別など。

フレモー:制作前のライブショーで、こういう分け方をして、評判が良かったので、そのまま使いました。
リュミエール作品は、今回の映画で取り上げたもの以外にも、沢山あります。二作目も作れるかもしれません。
そうすれば、別のテーマ分けも良いしれませんね。
ただ、年代別は難しそうですね。1895年は20作品くらいしかありませんが、96年にはあまりに多く制作されていますから。
最後に、私は、自分のことを「リュミエールの末弟」だと思っていますので、こうして映画のふるさと、京都に呼んでいただけて、とても嬉しいです。ありがとうございました。

森脇:『リュミエール!』は、京都では京都シネマで12月から一般公開されます。