11月1日、京都文化博物館において、『シルク』上映後、原作者のアレッサンドロ・バリッコさんによるトークショーが行われました。
通訳は中井美訪子さんです。
バリッコさんは「海の上のピアニスト」で知られる、イタリアの小説家です。

バリッコ:原作の「セイタ(シルク)」は、薄い本です。
細かな章に分かれていて、一つが4行のものもあります。
イタリアでは「俳句みたい」と言われました。
チェスか将棋みたいに、コントロールして書いているという気持ちでした。
この話は、自分のために書きたいと思って、書きました。
出版社には「短くて、ごめん。次は長い話を書くから」と伝えました。
ところが、「シルク」は自分の作品の中で、一番のヒットになりました。期待していた次回作は、それほど売れませんでした。

中井:なぜ日本を舞台にしたのですか?

バリッコ:これを書いた時は、日本に来たことがありませんでした。今の方が日本に興味があります。
イタリア人の友達から聞いた話が元になっています。
友達はひいおじいちゃんの日記を見せてくれました。
その人は、エルヴェと同じ仕事、蚕の卵の買い付けをしていました。
毎年、日本に行っていたそうです。日本は未知の国でした。

とても小さなものを買うために世界を渡り歩き、買った後は大至急で帰らないといけない。
卵が孵らないように、列車全部を借り切って、箱に氷をつめて。
クレイジーで、魅力的です。
そんな小さなものが美しいドレスになる。冒険、ミステリー、美の要素もある。
小説にしたいと思いました。

友達のひいおじいちゃんの日記帳には、蚕の卵の買い付けで、お金持ちになったと書いてありました。
しかし、日常の描写はありません。お金や卵についての計算だけです。「3日間、ヨコハマ」とか。
あとは、彼の写真が一枚。寂しそうな顔でした。

1800年代、ヨーロッパ人が想像していた日本を描きました。
1862年(幕末)、日本に行ったことのある人はわずかでした。
小説で想像の日本を書くのは簡単だけど、映像にするのは難しかったと思います。



中井:バリッコさんは映画『シルク』のエグゼティブ・プロデューサーも務められたのですね。
映画と原作はどう違いますか?

バリッコ:映画化をOKした以上、違ってても良いと思っています。
子どもみたいなものです。大きくなって、ワルになってしまうこともあるでしょう。

フランソワ・ジラール監督とは、撮影前に沢山話しました。
私は、監督の制作した『グレン・グールドをめぐる32章』が大好きで、イギリスで僕の作品を舞台化してくれたこともあります。
監督を尊敬しています。
彼の前にも、映画化の話は来ました。しかし、気に入らないから断りました。
僕とプロデューサーで、彼にしようと決めました。

映画は、小説とかなり近いです。
一つ違うのは、エルヴェが日本で出会う女性は日本人じゃない。西洋人です。
ハラ・ケイ(映画では原十兵衛)と暮らしている西洋人女性という設定です。
この点について、監督と話し合いました。監督は日本のエロティシズムにこだわりがあって、「日本女性でいこう」と言って、譲りませんでした。
なので、日本人になったのは、監督のせいです。

『海の上のピアニスト』の時も、原作にいない女性キャラを、映画で追加されました。
僕は賛成しなかった。
しかし、ジョゼッペ・トルナトーレ監督に「これだけお金のかかった映画なんだから、綺麗な女優さんは必要です」と言われて押し切られた。
映画は素敵だけど、彼女は特に必要のないキャラだと思います。



『シルク』は、原作とムードも違います。映画の方が切ないです。
小説は、人生は驚きの連続で、色んなことが起こるといったことが描かれている。
エルヴェは、寂しさよりも、様々なことを味わいたいと思っているキャラクターです。

映画の最後のシーン、エルヴェは心が壊れかけているような描かれ方ですね。
監督は、切ない性格なのかもしれないですね。

小説では、エルヴェが湖を見ていると、光が降り注ぎ、風が静かに水面を揺らしている。
僕の人生はこの風みたいなものだ、と思うところで終わります。

原作のイメージそのままの部分は、製糸業をやっているバルダビューです。

エルヴェの奥さん、エレーヌ役はキーラ・ナイトレイです。
『パイレーツ・オブ・カリビアン』で見て、良い女優さんだなと思っていました。
しかし、小説では、隠れた感じの、地味な奥さんです。
描写が少ない分、最後の手紙のシーンが効果的になるのです。

監督に「キーラ・ナイトレイでは、美しすぎて、存在を隠すなんて無理だ」と言ったのですが、例によって「映画はお金のかかるんだから、綺麗な女優さん無しでは無理です」と言われました。