11月2日、京都文化博物館において映画『緋牡丹博徒 お竜参上』上映後、映画評論家の山根貞男さんと、京都フィルムメーカーズラボ生によるトークセッションが行われました。
司会役は、京都文化博物館の森脇清隆さん、東映京都撮影所の高橋剣さんです。

森脇:京都フィルムメーカーズラボというのは、5分間の時代劇を作るワークショップです。
英語が公用語で、世界中から生徒が集います。
今年は10回目で、インド、香港、アメリカ、中国、インドネシアなど、様々な国から参加していだきました。
過去にアンケートをとってみて、多かった意見が「京都の映画の話をする場がほしい」ということでした。
それで今日、この場を用意しました。

司会役は僕と、高橋剣さん。ヒストリカ映画祭のプログラム・ディレクターで「加藤泰特集をやりたい」と言い出した張本人です。
トークをしていただく山根貞男さんは、日本で5本の指に入る批評家…いえ、1本の指ですね。
現場を知っている、僕が一番信頼できる批評家です。

高橋:日本映画の監督と言うと、黒沢、小津、溝口。加藤泰は、1960年代の当時でさえ、それほど有名ではなかった。
芸術、エンタメなどのジャンルに関係なく、加藤泰の質の高さを世に知らしめてくれたのが山根さんです。

山根:今日は意見の押しつけはやめて、みなさんの意見を素直に聞きたいです。
加藤監督が「お竜参上」を京都の太秦で撮っていた時、加藤監督の本を書くための取材に行ったことがあります。
大抵の質問には答えられると思いますので、聞いてください。

森脇:あてるから、質問か感想を言ってくださいね。

日本女性:物語に没頭していて、ふと我に返る瞬間があります。作り物っぽさが見えてしまった時です。
お竜さんが、強そうには見えないんです。
歩き方も、鍛えている人の歩き方ではないですし。
相手の男性がわざと手を抜いて、負けてあげているのが分かります。
加藤監督は、お竜さんを強く見せようという工夫はなさらなかったのですか?

山根:立ち回りが、物語の中でうまくハマってないということですか?

日本女性:そういうわけではないです。
『ターミネーター』でリンダ・ハミルトンは強く見えますよね? ああいう工夫を監督はしなかったのでしょうか?

男性:任侠映画のお約束を、日本の観客は分かっているから、バトルシーンで女性を強く見せる必要はないのでは?
時代劇を見るとき、瑕疵があったとしても、無意識に排除してるんです。
ハリウッドは、観客の予備知識を頼りにしない。いろんな国の人に見せるから、誰でも分かるように作っているんです。



山根:この手の映画は、約束ごとでなりたっています。お竜が強いと言うことを、誰も疑わないんです。
東映撮影所には、斬られ役の俳優さんが沢山います。
藤純子さんは、この時25歳くらいですが、斬られるのはベテランです。
鋭い人が見たら、そこがリアルじゃないと思うのかもしれません。
若い女性が強いわけがないというのは、監督も分かっています。
アクションシーンを階段に設定し、お竜はかんざしも使っています。ただ強いだけじゃない、苦労して勝ちます。

森脇:歌舞伎と一緒ですね。ヒーローはリアルに強い訳じゃない。
当時の、京都の時代劇は様式化していきます。
東京の時代劇は、リアルを追求していきます。
お竜参上は、その二つが、まだ上手くバランスが取れていないのかもしれない。
昔の時代劇は血が出なかったのですが、お竜参上はブシュー! と血しぶきがあがっていますしね。

インド男性:長回しが印象的です。一つ一つの場面が、どこをとっても、写真のように美しいです。
クローズアップが続き、その中で時間が過ぎていく。
雪のシーンが素晴らしい。
私だったら、構図に凝って、もっと自意識のにじみ出た画面にしてしまいそうですが、監督は自然です。

山根:まさしく監督のやりたかったことです。
監督は、子供の頃から時代劇が好きで、その頃は無声映画です。画面だけで見せるんですね。
だから、監督は画面を作ることに強いこだわりがありました。
全カット、絵コンテを描いて、カメラマンにコピーして渡す。そうすれば、口で言わなくても分かります。
現場で俳優さんの動きを見て、少しずつ変えていきます。

中国男性:上海出身です。熊本弁の登場人物が「シャンハイ」と繰り返して言うのが、おもしろかったです。

アメリカ男性:加藤監督は、現場ではどんな人ですか?

山根:加藤監督はボソボソとしゃべる、優しい大人しい人でした。
現場では、絵コンテに基づいて、カメラマンが準備をするんですが、そこで監督が声を張るんです。
「待ってください! まだですぞ。芝居がまだ始まっていない」と。
リハーサルをして、俳優が演技を固めるまで待ってから、ようやく、カメラマンにも「準備してください」と言う。
監督は指示をするわけじゃない。「分かるでしょう? やってください」と言う。
絵コンテが中心じゃなくて、芝居が中心。
俳優に対しても、思っていた演技と違っても、指示はしない。

別の映画の話です。
あるシーンで、エキストラが歩いている。手前には主役がいるので、エキストラはボンヤリとしか映りません。
監督が、その人のところへ行って「あなた、何をしています?」と尋ねる。
エキストラは「助監督に『出るタイミングだ』と合図されたので、歩いています」と答えます。
監督は「そうではありません。映画の登場人物として、あなたは何をしていますか?」と再び尋ねます。
エキストラ「火事で焼け出されて、親戚を頼って西の方へ行きます」
監督「歩き方はそうなってました?」
エキストラは「ああ、なるほど…分かりました」と答えました。
そのシーンは、京都が火事になった後という場面だったのです。
監督の演出は、指示するのではなく、引き出していく、誘導していくというものです。



日本人:加藤監督の映画に出た人は皆、スターになっていますが、俳優の魅力を引き出すコツはあるのでしょうか? 藤純子さんはお竜参上の時、いつも以上に綺麗ですが、女性を色っぽく撮るコツはあるのでしょうか?

山根:監督がスターを育てているわけではないと思います。スターっていうのはパターンだから。けど、監督はパターンをやらない。
お竜シリーズは7本あって、監督はそのうちの3本を撮っているけど、監督のお竜が一番綺麗ですね。
美しく映るよう、工夫をしているんです。

藤さんは、ほぼスッピンです。
監督は「時代劇の俳優は白塗りのお化けだ。あれは嘘だ」と言っていて、メイクを嫌っていました。
だから、他の監督の作品と、藤さんの顔が違う。監督の「お竜」には、素顔の美しさがあるんです。
女優さんだけじゃなく、男性の俳優も、メイクで素顔の良さを隠すのはおかしいと言ってました。

アメリカ人:ヒロインの女性らしさと、バトルの強さが両立していました。
男性優位の社会で、女性が優位な映画というのは興味深いです。
こういう映画が作られたのは、時代背景と関係があるのでしょうか?

山根:女性が男をやっつける映画は、1930年代からあります。
日本は今も昔も、男中心の社会です。
しかし、1960年代にやくざ映画がいっぱいできました。
藤さんはずっと、男の相手役をやってきました。戦いに出る男の帰りを待って、泣いてる役ですね。
人気が出てきたので、主役になりました。
最初は倒錯的だと思いました。男が戦って、陰で女が泣く。それをそのままひっくり返したのですから。

お竜は、行った先々で必ず、男と心を通じ合います。
女としての気持ちと、やくざとしての生き方との間で、悩む。
その葛藤が人気になりました。

森脇:加藤監督の叔父は山中貞雄という映画監督です。現在ではフィルムが3本しか残っていません。
監督の師匠の伊藤大輔も、黒澤明監督も小津安二郎監督も「山中は天才だ。彼には敵わない」と言っていました。