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イベントリポート
2017/11/1

『真田風雲録』トークショー



映画上映終了すぐにトークが始まり 篠崎監督の第一声が「まだ感動の余韻が続いていて、下手にしゃべると涙が出そうです」 の言葉に観客にも 思いが伝わるオープニングになりました。
「この作品はミュージカルとまでは言いませんが、登場人物たちが歌ったり、忍者軍団が音楽に合わせて動いたり、漫画のような吹き出しが出るかと思えば、時代考証を完全に無視してギターを奏でたり、何でもありの、一筋縄ではいかない面白さに溢れた時代劇です。でも単におちゃらけているのではなく、主役の中村錦之助さん、渡辺美佐子の演技が惚れ惚れするほど素晴らしく、切ない恋愛映画でもあります。」と篠崎さんの 興奮のトーク が続きました。

わたしはじかに加藤監督に会う機会はなかったのですが、長編デビュー作『おかえり』で撮影を依頼した加藤組キャメラマンの古谷伸さんから 撮影当時の様子を聴きました。想像以上の力の入れようで、1963年2月に始まった撮影は完成まで5ヶ月という当時としても異例の長期間撮影でした が、興行的には振るわず、早々に打ち切られたそうです。
加藤泰監督として初のカラー作品になるため、色に対するこだわりを古谷さんは求められ、「黒」が浮き上がらず、しっかりと艶のある黒として画面に定着するように、照明を大量に当てて独特の画作りをしたあとが今日のプリントからもうかがえました。
長期間に及ぶ撮影、大量の照明機材、そして”時代劇”の パターンからはみ出した魅力に満ちた人間臭いキャラクター作り。古谷さんはじめ、スタッフは一丸となって、加藤監督を支えたわけですが、膨れ上がっていく撮影日数に対して、制作陣営や会社の上層部からは、キャメラマンの古谷さんが加藤監督の言いなりすぎなのではないかと、時に批判にさらされながらも、最後まで加藤監督を信じて、乗り切ったわけです。ワンカットたりともおろそかにしない加藤監督の執念とスタッフ、キャスト全員の熱意が画面から伝わってきます。

 大阪冬の陣、夏の陣を背景とした時代劇であると同時に、私には、この映画がまるで、映画づくりについての映画に思えて仕方がありません。ひとりひとり、生まれも育ちも性格も違うものたちが、ある目的のために集まり、やがて散り散りに散っていく。得意技、分野の違う真田十勇士のみんなの姿が、どうしても映画スタッフの姿に重なって見えてしまうんです。その象徴ともいえる台詞が「列を組もうぜ」です。一緒にやろう、ということに、ヒエラルキーがない。誰が上で誰が下ということはなく、横一線なんです。列を組むってそういうことですよね。列を組もうぜっていうのは、必ずしも思想信条が似ているとか、そういうことでもない。とにかく人間として惚れ込む相手と出会ったと思ったら、「列を組もうぜ!」と。 加藤さんは、キャメラの古谷伸さや美術の井川徳道さんはじめ同じスタッフや、汐路章さんはじめ同じキャストと何度も組まれることもありましたが、それでも全員同じメンバーが揃うということはありません。その意味で映画の撮影はまさに「一期一会」です。一人一人に惚れ込んで作品を仕上げていく加藤組だからこそできた作品です。



加藤演出はテストをしつこいくらいに繰り返したそうです。以前、俳優の大木実さんにお聞きしたら、主役だけを見ているんじゃなく、画面に6人 いたら最低でも6回のテストを繰り返し、1回のテストごとに、ひとりの役者の芝居をじっと見ていたそうです。そしてエキストラにもキッチリ芝 居させる。そうした隅々にも目を配る加藤さんの眼差しが画の強さを生んでいいます。例えば映画シーンの中で丘の上で十勇士の面々が集まっておむすびを食べるシーンでは、画面の奥、遥か彼方に豆粒みたいな、家来だが、浪人衆だかが旗を持って続々集まってくる様子をキチンと描いている。今のようにCGで後から合成というわけにはいかないですがら、本当に何百人というエキストラを集めて実際に歩かせています。物語上、絶対に彼らを写す必要があるわけではないんです。真田十勇士の面々だけをアップで撮って、言葉は悪いですが、誤魔化すことはできる。でも、加藤さんは、そうしない。あのロングショットがあるだけで、物語に還元できない厚みが生まれるんです。映画としての厚み。豊かさと言ってもいい何か。あのワンカットが入るだけで、大阪城のシーンでいちいち大群像を出さなくとも、城内は、人々で溢れかえっているという印象を与えられます。スクリーンでご覧になった皆さんならわかっていただけると思うんです。
 映像の厚みだけではなく、音響も実に素晴らしい。アフレコを嫌い、俳優たちの芝居の、その瞬間瞬間の生きた呼吸を何よりも大切にするため、どんな状況であっても徹底的にシンクロ(同時録音)にこだわった加藤監督の演出、それに応じたプロのスタッフたちの気概には、頭が下がる思いです」と尊敬の眼差しの トークは ヒストリカ国際映画祭でしか聞けない話ではないだろうか。政治的なメッセージを声高に語ることのない加藤作品の中にあっても、この映画の原作の戯曲は安保闘争を反映したものであり、やはりそのことも意識されていたのではないでしょうか。 ラストシーンの空撮では自衛隊の演習場を借り 、時代劇にはあってはならない戦車のワダチのあとがハッキリと写っています。しかし、あえて、 「そのまま撮る!」と決断されたのは加藤泰監督だったのです。

「公開当時は、必ずしも真っ当に評価されたとはいいがたい映画ですが、時代がきな臭い方向に転がっている今こそ改めて見るべき映画ではないでしょうか。それも大きなスクリーンで見てこそ真価を発揮する素晴らしい映画だと思います」と締めくくられました。
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